【著者情報】
山口慎太朗(やまぐちしんたろう)
1993年熊本県生まれの作家/脚本家/歌人。
本の読める店「fuzkue」スタッフ。
ラジオネーム「ファイヤーダンス失敗」として様々なラジオ番組に投稿。SPACE SHOWER TV『PLAN B』(chelmico編)にて作家デビュー。
脚本を務めた映画『アボカドの固さ』が第41回ぴあフィルムフェスティバルにてひかりTV賞を受賞。
短歌連作『怒り、尊び、踊って笑え』『Emerald Fire』が第二回・第四回と笹井宏之賞最終選考に残る。
2020年に著書『誰かの日記』を上梓。
【あらすじ】
就職活動をすぐに諦めた折原明(おりはら・あきら)は、大学を卒業して「新宿檸檬シアター」という小さな映画館で映写技師としてアルバイトを始めた。お金がないことを理由に、同じ映写技師の美工藤絵理(びくどう・えり)とワンルームでの共同生活を始める。東京・新宿のミニシアターを舞台に繰り広げられる、若者たちの青春群像小説。
【フヅクエ店主阿久津の日記から】
10月21日
最近知り合った人、この人なんですけど、ツイッター面白くてと、僕はなんでも話すスズキさんだから話したのが金曜日だった、そうしたら土曜日の昨日も来られて、それはごくごく珍しいことというか記憶にない連日だった、それで昨日も帰るときに話していたら、昨日教わってツイッター、見てみたんです、そうしたら小説あって、読んだんです、それが僕はすごく好きで、朝までずっと読んじゃいましたっていう、今日はそれだけ言いたくて来た感じです、どこかの帰りというわけでもなくて、日中はジムで体を動かしていました、ジム行ってるんですか、いいですね、最近それが楽しくて、ともあれ、小説が面白かった、わあ、そうなんですね、僕はちょっとしか読んでないな、と思って、そのちょっとしかのときはずっとツイッターをさかのぼっていたときで、意識はツイッター優先だった、ツイッター掘っていきたいの、それが楽しいの、と思って、だからnoteで小説が書かれているそのリンクに行ったときもちょっと読んで、ツイッターに戻った、その小説をスズキさんは朝まで掛けて全部読んだ、とにかくよかった、そう言っていて、じゃあ僕も読んでみようかなと思って昨日、読み始めたら、これが面白い、面白いというか、すごい、これは、すごい、面白い、と、ずっと読んでいった、そうしたら一日が終わった。
すごい、すごい、と思いながら、この人に嫌われない人というか、この人に「ダサっ」と思われない人であるといいなというか、顔向けするのが恥ずかしくない人でありたいなというか、そうじゃないとな、と思った、ちょっと、怖かった。
10月22日
いくらか仕込みをして、空いている時間はずっと、昨日と同じで、日記の見直しと、それから最近知り合った人の小説を読む、を交互にしていた、交互というか、休憩している時間はずっとその小説、というようだった。全力で歌がうたわれる場面があった、そこで、泣いた。この小説は、とにかく、やさしい。人間に対してとにかくやさしい。真摯だと思う、というこういう感覚は、滝口悠生を読んでいるときに思う、ジエン社の演劇を見たときに思った、それと同じ、やさしさ、真摯さ、誠実さだった。
10月23日
最近知り合った人の小説を、noteの全32回のテキストをいったん全部エディタにコピーし、それをInDesignに流す、ということをなぜかやり始めた。やったところ、230ページほどだった。僕は何をしているんだろうか。それにしてもこの小説は、本になったりするべきものなんじゃないのか。と、僕はここ数日、思っているらしかった。
10月24日
最近知り合った人の小説がなんだかすごくよかったんですよという話や、鈴木さんの店の話、『読書の日記2』の話等々、あれこれ話し、つまり僕は話したいことがいろいろあったということだった、話して、楽しく、飲んで、いい時間だった。
10月27日
ひたすら山口くんの小説の話をしていた、二人ともに興奮した口吻でしゃべった、僕はすごく興奮していた、あれは、すごい、その気持ちがすごくしゃべらせた、それで喋って、店に戻って、勝手に作った縦書きバージョンのPDFファイルを見て、また少し読んだ、スズキさんは何度か読んだらしい、どこかが本にしないだろうか、もしどこもしないなら、もしどこもしないなら。
10月29日
閉店後、山口くんに来てもらい、説明会というか、シフトの相談や、フヅクエで働く心得みたいなものを訓示を垂れるみたいなことをして、それから、心得の続きみたいなものとして、「絶対に嘘をつかないで」と言い、言い切らないうちに笑ってしまって、それはだから増村さんのセリフとして言った、あとはずっとひたすら『デリケート』の話をしていた、話しながら、自分でもよくいろいろ覚えているなと思って感心した、それだけ熱心に読んだということだったのか、それだけ勝手に刻み込まれてきたということなのか。
10月30日
『読書の日記』が手元にわずかになったので、NUMABOOKSに寄って10冊追加でいただいて、いただきながら松井さんと話した、あたらしい人決まったんですね、そうなんですよその人の小説がなんかめちゃくちゃ面白くってこれNUMABOOKSから出してくださいよ、そう言って、今、言いたくてしかたがないらしい。
10月31日
帰り際は、山口くんの小説の話をした、今日はそれを終わりまで読んだらしかった、よかったらしかった、あの場面、この場面、と話して、みんな山口くんの小説に大きく感動している。遊ちゃんが帰ったあと、僕も少しまた読み直して、いいなあ、いいなあ、と言っていた。
1月13日
僕は山口くんの文章のだいぶファンで、そろそろ「2018年のよかった本ベスト10」みたいな記事をアップしたいな、そのためには本を考えなければな、と思うのだけどそのときに最初のほうに浮かんでくるのが彼の『デリケート』だった、いろいろな場面をいろいろなタイミングで思い出す。それは、すごいことだと俺は思うんだ。
2月20日
外で休憩しながら山口くんの日記を読むと山口慎太朗が登場してそれからタナカイズミが出てきたさらに花ちゃんも出てきて鳥肌が立ってたちまち泣きそうになっていた、そして花ちゃんがステージで、タナカイズミがライブハウスのフロアで、その横には山口慎太朗で、彼らは「デリケート」を歌っていた。ずるい、と思う間もなく涙が出た。
5月3日
穏やかでいいなと思った、穏やかなもののほうがいいなと思った、「時間の経過とともに生まれるものの中でも特に穏やかさを俺たちは愛した」みたいなことが山口くんの小説に書かれていて『デリケート』に書かれていてそれが腹にゆっくりと落ちる「そうだよね」というものをもたらした。
11月23日
寝る前、外で煙草を吸いながら「誰かの日記」を読んでいた、先日読んだところで「家建てるための脚だよこれは」というフレーズがあってそれがしびれたなと思い出して、読んでいたら「デリケート」という言葉が出てきて僕はもうデリケートという言葉を見るだけでふわわわわと全部が思い出されるようで気持ちが溢れそうになった。ちょうど山口くんからお疲れさまですの連絡が来たからそう返したら、山口くんも同じで、「僕もなんだかデリケートという言葉は簡単に使えなくなってます、不思議です」とあった。
6月30日
めちゃくちゃかっこいい。遊ちゃんがそのあと引き取って読んでいて、小説ってすごい、と言って、それから酔っ払う文章、みたいなことを言って、クラクラしていた。佐藤くんが冷蔵庫の前で踊っていた。ダミアン・ライスの「Delicate」が流れて、
「うわ」
と思った。この人たち。ここにいる人たち。ヤングフォークス。『デリケート』のあの場面を思い出した。この人たち。ここにいる人たち。ヤングフォークス。僕はこの人たちを本当に好きだ。
【書籍情報】
書名:デリケート
著者:山口慎太朗
販売価格:1,800円(税抜)
初版発行部数:300
ページ数:178
サイズ:B6変形 T170×Y130mm
表紙写真:新藤早代
モデル:7A
造本:新島龍彦
印刷・製本:有限会社篠原紙工
表紙用紙:ロストンカラー 220kg
本文用紙:OKプリンセス 4/6Y 66kg
表紙印刷:活版印刷
大断ち・PUR製本